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ひとの想いの重さ

2012年08月09日 00:12

七夕祭り。
仙台の七夕は8月です。理由は知りません。
仙台に住んで4年目、母親が初めて泊まりに来ました。
大変残念な事に、部屋に入る初めての(そして恐らく最後の)異性はおかんでした。
・・・いや!大家さんがいた!(だからどうした)

毎年バイトで缶づめだったので、七夕祭りとやらがどういうものか知りませんでした。
まぁ、見てもよくわかりませんでした。
テルテル坊主に蛸を混ぜたような奇怪で巨大な飾りが町中にぶら下がっていました。(画像無し)


しかし、母が来仙した本当の目的は七夕ではなかったようです。
そうです。僕です。

就職がなかなか決まらないのももちろんなんですが、皮膚科系の持病について、母はどうもかなり深刻に心配しているらしく、色々言われました。就職を一年遅らせて実家で療養したらどうか、とか。
ついでに先日眼科に行きまして、白内障(片目)と判明したのもでかいようです。
これが小うるさい口出しとかなら、適当にスルーもできたのですが、普通にこちらの身を案じて言ってくれる言葉というのは、どうにも無下にしにくいものがあります。

今回初めて気が付きましたが、僕はどうやら他人から心配されるのがかなり苦手のようです。
これまで少なくとも学校生活等においてはほとんど問題もなく、ゆえに親もほとんど放任主義的だったため、そういう気持ちを向けられるのに慣れていないからなのかもしれません。

他人に迷惑をかけるのが嫌いな反面、自分の事になると割と楽観視する癖があります。
就職はともかく、健康のことになると途端うるさくなるものが親なのだそうで、その辺の認識の差が今回の戸惑いのもとにある、のではないかと思います。
まぁ、病気に関しては、僕が甘いのは確かなので、何も言えませんが。

心配される、というのは本来とてもありがたいことです。
それがどうにも居心地が悪いと感じる僕は、結構損しているのかもしれません。
かといって、心配されて平然とさも当然のようにそれを受け取る態度を良しとは到底思えないのですが。
「心配」でこれなのですから、例えば「愛」なんて向けられた日には、裸足で逃げ出すんじゃないでしょうか。僕は。
恋愛に向いていないな、と思うことが年々増えていきます。
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