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全てが古典になる前に

2013年01月17日 22:51

私気になりません。
もう放送終了してからかなりたってますが、正月の帰省でようやくアニメ『氷菓』全部観ました。
ここ1年2年くらい、1クールですらアニメを通して観るという行為が全くできなくなっていたんですが、撮りためておいて一度に観れば大丈夫っぽいです。自宅のテレビ録画できません。

内容に関しては、今更なのでもういいでしょう。なんやかんや言いつつ、京アニはよくやったと思います。
よく言われますが、原作の『氷菓』に砂糖ドバドバぶちこんだ感じの仕上がりで、原作ファンとしては「ねーよwww」と言いたくなる部分もあったものの、まぁこういうもんだと思って観れば極めて良い作品だったのではないでしょうか。
その意味で一番重要だったのが、18話「連峰は晴れているか」でしょう。
原作単行本未収録の短編なので、全話中唯一オチを知らないで観た話ということでそれも面白かったのですが、なによりこの話を境に、千反田が折木に対して意識を持つという点で、「加糖版」としての軸になる話だったののではないかと感じます。
ついでに言えば、夏休みに観たのが17話までで、冬はこの節目から続きを観たというのも不思議なものです。
基本的に米澤版原作では人物の感情描写は淡白なのですが、小説ではこのあたりの機微がどう描かれていたのか、私気になります。

そのほかアニメとしては、京アニって結構凄いんだなという気付きもありました。
日常ミステリというのは、割と場面転換が少なく、しかも折木があの性格ですから、必然的にアニメとしてかなり動きの少ない映像になってしまうわけですが、色々小細工、もといギミック的な映像を配して工夫していたのが印象的でした。
「心あたりのある者は」などはもう、椅子から動きもしないで一話終わってしまうわけですが、飽きさせない見せ方でよかったと思います。
個人的には場面の動かないお話は非常に好みでして映画の『月に囚われた男』『12人の怒れる男』(どっちも男かよ)なんかがすごく好きなので、たとえアニメでずっと座って喋ってるだけだったとしても一向に気にしなかったと思いますが、やはりそれだとウケが悪い、ということなのでしょう、か。
後は、最終話の伊原や入須とのちょっとした原作に無いシーンなどで「加糖版」としてのバランスをとっているところにも、きめ細かい配慮みたいなのが感じられました。

というわけで、まぁ原作とはかなり色が違う、それこそ折木の言うところの薔薇色を完全再現したかのようなアニメになっていたわけですが、最終的な感想としては「これはこれで良いな」という感じでした。
原作はまだ続きますが、このアニメを観た米澤穂信が、まさか薔薇色を取り入れたりは、無いと思いますが、どうなんでしょうね。気になります。
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