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回線の先の誰か、もしくはあなた

2011年06月21日 00:01

今週のホットトピックス:通帳紛失

ここ1年程で、ネットを介した人間関係が劇的に広がった。
劇的に、と言っても、元々さほどネットをしていたわけでもないので、実際僕の交友範囲なんてたいした事ないのかもしれないけれど、僕にとってはとても大きな事だった。
そこで大きな役割を果たしたのはやっぱりTwitterで、単に相手に一言コメントをする(リプライを飛ばす)だけならば、その敷居の低さというか、気軽さは特筆に値すると思う。
僕なんか、以前は誰かのブログにコメントするだけで途轍もなく緊張したというのに。

そういうTwitter上でちょこちょこ言葉を交わすだけの関係も広がったけれど、それ以上に、もう少し深い関係の人達もできた。

以前は、ネット上での知り合いは、ネット上での知り合いであり、画面の中だけの存在だった。
きっとこの世界のどこかで、僕と同じようにパソコンに向かっているどこかの「誰か」。

けれど今は、住んでいる街も、声も、そして顔も知っている。メルアドも。
それは「誰か」ではなくて、確かな他者である「あなた」としてそこ(どこか)にいる。
まぁやっぱりSkypeの存在ってのは大きくて、声が聞こえるっていうのは、相手の実存をかなり強く確かめられる。
(どうでもいいけど昔はMSNメッセンジャーとかやってたなあ)

要するに、ネットっていうのは決して仮想フィールドでは無くて(そういう面もあるとは思うけれど)、拡張された現実なんだって話が、今になって割と実感できてる。
そんなの今更何言ってんだ、っていう感じもするかもしれないけれど、昔はオンラインゲームのチャット欄とブログのコメントだけがネットのコミュニケーションだった僕にとっては、結構凄いことだったりする。

とくれば、あとは実際会うというのを残すのみ。
なんだけれど、こうなるともうオフ会をしたところで、まぁいつもの会議通話の延長のような気もする。
現実の延長がネットなのか、ネットの延長が現実なのかっていうわけのわからん話になるけれど。
いやしかし、未だオフ会未経験の僕にとって、やっぱりそれはまだ少し「特別」な意味があるようにも思う。
ないようにも思う。

もはやバーチャルという言葉は陳腐なのだろうか。
いずれネットの知り合いと直接会ったとき、僕は何を思うのだろうか。
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